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Google 「入船地蔵尊」 360度写真の画像公開
 Google ローカルガイド ユーザー様 から、360度 全天球カメラで撮影された 「入船地蔵尊及び千体仏堂」 の写真がGoogleマイビジネスの 「入船地蔵尊 浄信院」サイト(リンク) にアップロードされ、公開されております。
一枚の写真画像でカーソルを左右・上下(天井~床)に操作すると、全画面がご覧いただけます。ぜひ、ご覧ください。
 参考:「入船地蔵尊ブログ」リンク先→https://www.joshinin.com/irifunejizoson-blog/

新潟島ダウンタウンウォーク~「入船地蔵尊」前での集合写真です。

新潟湊元 地蔵菩薩渡来三百年「入舩地蔵尊」浄信院 本堂内陣(奥) に佐渡から渡来の御本尊が安置されております。


クチコミ

8 か月前
今から約300年前、佐渡から渡来した石仏の御本尊と全国の信者・船主から寄進された千体仏が新潟市民文化遺産です。 昔、新潟湊に三百から四百隻の船が停泊していて、このお寺に参拝者が引きも止まらなかったと言われています。 この御本尊には伝説があります。享保3年(1718年)、丹後の国の桶屋船が佐渡に停泊中、新潟に行こうとした僧の乗船を断りました。その船が新潟の湊に着く直前に止まってしまいました。船を調べると、船の後ろに石地蔵があるのに気付き、船夫が海に投げ捨てました。船は全く動かなくなり、この石地蔵をもう一度引き上げたら、入り風が来て無事、湊に入ることが出来たと言われています。その話を聞いた水先案内人の湊元源四郎(つもとげんしろう)が湊の見張り場所「水戸番小屋」の傍らに安置して崇敬されたのが入船地蔵尊の始まりと言われています。 浄信院に向かって左側の仏堂には金箔の小さな仏像がびっしりと並んでいます。千体仏の数は明治期1470体、その後は1600体とも1700体とも言われています。 入船地蔵尊は水子供養でも有名です。本堂の正面上には子供を救う地蔵菩薩の説話を示す「賽の河原(さいのかわら)」と呼ばれる欄間があります。昔、近くに遊郭があり、娼婦もお参りに来ていたと言います。 湊祭とも縁の深いお寺です。昔、住吉船蔵に住吉行列の御座船が保管されていました。 新潟まつりの時、湊祭・住吉祭を知らせる「触太鼓(ふれだいこ)」と呼ばれる行事があります。七月の終わりか八月の初め頃、白山神社で宮司が祝詞をあげた後、住吉行列を供奉する地元の祭団体「一番組」と「八番組」が白山神社境内から入船地蔵尊まで太鼓を叩き、金棒を突きながら本町通りを通って歩いて来ます。そして浄信院の座敷で供奉者にお酒と食事が振る舞われ、湊祭を今に伝える木遣り唄が歌われます。
武田一義
1 年前
新潟市民文化遺産。 本尊は石造地蔵菩薩立像、 千体地蔵堂には丈7寸5分の1470体の金色地蔵が安置されている。 例大祭は毎年7/23,24。
Su-27Jひなづる
1 年前
緑雲山地蔵

●千五百体の金箔地蔵を安置する浄土宗寺院

  ★新潟湊の繁栄を示す千五百体の寄進仏
  【全国から寄進の金箔地蔵】を安置する浄土宗寺院
  ★新潟湊元「地蔵菩薩」渡来三百年の御本尊
  ★新潟市民文化遺産〔入舩地蔵尊及び千体地蔵〕
入舩地蔵尊及び千体仏 】の由来と沿革
①「入舩地蔵尊」の由来   本尊の入舩地蔵尊は、約三百年前の亨保三年(1718年)に 佐渡  (羽黒山) から渡来の御丈二尺八寸の石像仏である。[佐州覺念の銘と渡海伝説を持つ] ・新潟湊元 渡来当初、日和山浜の源四郎小屋 (水戸教小屋) の傍らに 安置されていたが、寛政六年(1794年) 海上安全祈願及び天明( 1781 84年)の大飢饉の死者を弔うため、網干屋傳右衛門(住吉神社開基) 及び 地蔵尊信者の湊元源四郎 両名の発願で中洲崎町の太郎助浦 藤藪の地 (御座船を格納する住吉舩蔵の地) に一宇を建立してこの地蔵尊像を転座する。ところが、文化元年(1804年) 庄内地方を襲った大地震のとき、三つに折れた尊像が、地蔵尊信者の熱心な願いから復元される。地蔵菩薩の霊験を現わし、今にその傷跡が残るという。 [生菩薩の再生伝説]       
「入舩地蔵尊及び千体仏」の沿革    約百五十年前の慶応元年(1865年)には、当山開基関川貞信尼」が  萬霊供養地(無縁塚)を取得して御堂を広げ、入舩地蔵尊の興隆に尽力される。 御堂は明治の大火で何回か類焼したが、明治三五年(1902年) 本堂 奥の院を土蔵造り拝殿(木造平屋造り) に再建し、翌明治三六年(1903)には 千体仏堂を建立することとなる。 約百年前の明治四十四年には、御本尊渡来二百年(1918年) 記念のため、拝殿を改築し 拝殿中央に長さ二間、幅一尺八寸の総金箔押  木造欄間「賽の河原」の造立 (地蔵尊の功徳を現す。など 現在の伽藍の荘厳が整った。 当山開基の関川貞信尼が、明治初期に「身代わり地蔵」の功徳を求 める全国十方信者及び北前船信者から受けた 丈六寸五分の金色木造仏千六百二十八体 (昭和十七年調べ) が、新潟湊と深い関係を物語るとして、寺院伽藍と共に「市民文化遺産」の 中心に位置付けられた ものである。この紹介文は、「市民文化遺産」の入舩地蔵尊の存在と千体仏の価値を世間に周知し、「地域の活性化活動」を盛んにして、参詣者・  支援者の増大を図るため、入舩地蔵尊の由来・沿革を簡単にまとめたものである。

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